月刊「オイスカ」で鈴木先生が紹介されました!~前編~

本校の母体であるNGOオイスカが発行している月刊誌

「OISCA」で、鈴木哲子先生が紹介されました。

ご本人が原稿を書かれたそうです!鈴木先生がオイスカ高校で

教鞭を執るまでのストーリーと今後の夢について語られています。

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国際協力の現場から 162回

国際交流の夢を追い求めて 鈴木哲子

 

静岡県浜松市にあるオイスカ高校で英語教諭として働く筆者。

子どもの頃の海外への憧れ、学生時代に抱いた国際協力への思いから、

たどり着いた同校へは、校長に直談判して飛び込んだという。

前進あるのみで突き進んできた国際交流、国際協力への夢。

その先にあったオイスカ高校で目指す新しい夢とは__。

 

海外への憧れ

 幼い頃から好奇心旺盛だった私は、海外の旅番組を見るのが大好きだった。

小さなスクリーンに映し出される広い大地、その国の風土に合った建物、そ

して肌の色の違う人たちが話す、聞いたことのない言葉に憧れた。一方、飢

餓や病気で苦しむアフリカの子どもたち、戦争に巻き込まれて逃げ惑う人た

ちの姿に心を痛め、自分が何とかしなければと、子どもながらに正義感が芽

生えていたのを思い出す。

 製造業の多い浜松では、海外に拠点を持つ企業も少なくない。通っていた

小学校には帰国子女や日系人も多く、そうした友人宅に遊びに行くと、異国

を感じさせるものに触れることができ、いつか外国に行きたいと感じ始めた

のもこの頃だったと記憶する。高校卒業後の進路は、迷わず外国語学部を選

び、大学時代はアルバイトで貯めたお金で海外へ。それを繰り返し、バック

パッカーも板についた。卒業間近、好きなことだけをしてきた学生時代を振

り返ると何かが足りず、教員採用試験も不合格。「何か」を求め、カナダへ

の留学を決行した。

 

留学で広がる世界

 カナダでは、文化人類学に没頭し、カナダの先住民の文化や東ヨーロッパ

の少数民族の研究を行った。今でも鮮明に覚えているのが、研究で訪れたス

ロバキアで目にした、少数民族のロマのおかれている状況だった。通りを隔

てて住む白人とは、平均寿命が10歳も違う。電気や水道、ガスなどのライ

フラインもなく、失業率も100パーセントと聞き、大きな衝撃を受けた。

見るからに病気を患っている人たち、体のあちこちが腫れ上がっている子ど

ももいた。ただ時が過ぎるのをぼうっと待つ大人やタバコを吸う子供たち。

そして、猫かと思うくらい大きなネズミが走り去る。まさにスラム街だっ

たその場所で、カナダの大学チームがキリスト教団体から援助を受け、井戸

を掘ったのを見た。それまでは、工場排水が直接注ぐ川の水を生活用水とし

ていたロマの人たちは、清潔な水にを手に入れることが可能になった。私は

そこで初めてNGOの活動を見ることとなり、関心を抱いた。

 国際協力を行うNGOについて調べると、その活動の目的も方法もさまざま

だった。こんな話も聞いた。村から何キロも離れた水源に、毎日水を汲みに

行くアフリカの人々のために、あるNGO団体が自動車を贈った。喜ばれたの

も束の間、現地調査で見たのは、捨てられた車の残骸だったそうだ。車の燃

料も手に入れにくく、壊れても直す術がない。本当に必要な援助とは何かを

考えさせられた。ずっと頼り続けなければならない援助では、受ける側の自立

を妨げることになる。その国の文化、風土、環境に合った持続可能な生活の仕

方を教えること、そして親が子を独り立ちさせるような自立を促すのが、真の

国際協力ではないかと感じるようになった。

 

この続きは、明日のブログで紹介します!

この後、いよいよ「オイスカとの出会い」が綴られています!